「島の果て」(島尾敏雄)

味わうべきは若い二人の切ない恋

「島の果て」(島尾敏雄)
(「出発は遂に訪れず」)新潮文庫

「島の果て」(島尾敏雄)
(「日本文学100年の名作第4巻」)
 新潮文庫

カゲロウ島に駐留する
一隊の頭目・朔中尉は、
島の巫女的存在の娘・
トエと出会う。
任務の合間を縫って、
朔は逢瀬を重ねる。
ある日、朔の一隊に
出撃準備の命令が下される。
隊の任務は、魚雷艇による
敵戦艦への特攻作戦であった…。

「特攻作戦」というと飛行機による
体当たりを想起しますが、
同様な作戦は船舶でも考案され、
実用段階に入っていたのです。
魚雷艇といっても、
ベニヤ張りのモーターボート程度の
粗末な代物に
約250kgの炸裂弾を搭載、
出撃すれば生還はあり得ないのです。

「むかし、世界中が戦争を
していた頃のお話なのですが」という、
お伽話のような書き出しから
開始される本作品は、
若い二人の恋愛を、
甘く切なく描出しています。
それが本作品の一つの
読みどころとなっています。

実は主人公・朔中尉のモデルは
作者・島尾敏雄自身であり、
トエはミホ夫人であることが
知られています。
つまり本作品は、
作者自身の経験した、
戦争時の恋愛の
克明な記録となっているのです。

島尾は九州帝大を繰り上げ卒業し、
海軍予備学生となり、
魚雷艇の特攻隊長として
奄美諸島加計呂麻島に赴きます。
発進命令がいつ来るともしれない、
死と隣り合わせの精神状態のまま
一年あまりを過ごします。
そしてとうとう
一度も出撃しないまま
終戦を迎えたのです。
この特殊な体験の末に、
本作品や「出発は遂に訪れず」等の、
独特の視点から描かれた
戦争文学作品が生み出されたのです。

ここには戦争文学特有の
悲惨な戦闘場面や
殺戮場面はありません。
何かを守るために自分の命を
犠牲にするような、
感動を呼び覚ます要素もありません。
ただ「死なない死」があり、
それのもたらす鉛のような
重苦しい空気のみが
描かれているのです。

そこでは生きることも死ぬことも、
もはや自分の意思や行動で
決められるものでは
なくなっているのです。
大きな濁流の中に
飲み込まれたような絶望感。
それは本作品だけでなく
前回取り上げた
「アスファルトと蜘蛛の子ら」
そして島尾の戦争作品すべてに、
通奏低音のように流れているのです。

そんな明日をも知れない命だからこそ、
人は美しくも悲しい恋を
してしまうのでしょう。
戦争文学でありながらも、
味わうべきは若い二人の
切ない感情の揺れ動きなのです。
ぜひご一読を。

(2019.3.22)

created by Rinker
¥446 (2024/05/18 22:38:07時点 Amazon調べ-詳細)

【関連記事:
   日本文学100年の名作第4巻】

【島尾敏雄の本はいかがですか】

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥742 (2024/05/18 22:38:04時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA